説教題「この方は本当に正しい人であった~十字架の苦難②」
聖書 ルカの福音書23章32~48節
この世で出される書物には、作者の描きたい意図というものがありますが、そういう点で福音書は何を言わんとして記されているのでしょうか。それはもちろん単純にイエス様の所業ということではありません。それはイエス様が述べられている神の国はイエス様ご自身の十字架の死によってもたらされると言うことです。今日の箇所はそのイエス様の目的がいよいよ完遂されるという場面です。
- 十字架の苦難~神の国の王として
イエス様がはりつけとなった十字架が当時用いられた目的は、もちろんその惨たらしさによって人々を恐れさせローマ帝国に反逆する意思を萎えさせるということがありましたが、それだけでなくローマに反逆して王となろうとする輩を揶揄するということがありました。「ほら、これがお前たちが期待する王の有様だ。このように十字架上に掲げてやる」ということです。イエス様もそのような者として、その頭上には「ユダヤの王」という札が掲げられました。イエス様は神の国の王として苦難を受けました。
- 十字架上の王の言葉と百卒長の言葉
しかしその十字架でイエス様は神の国の王らしく振舞われます。「父よ、彼らをお赦しください」「あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます」いずれの言葉も、真実と愛に満ちたものであり、神の国の王が語るお言葉としてふさわしいものでした。
そして最後には「父よ、わたしの霊をあなたの御手にゆだねます」とおっしゃって息を引き取られますが、これら一部始終を見守っていた百卒長は証言するように「本当にこの人は正しいひとであった」と言うのです。「本当に正しい人」とはキリストの真実と愛にふれた者の偽らざる声でしょう。そしてそれはキリストこそが十字架によって神の国をもたらす救い主であるという福音書を裏付けるものであったのです。わたしたちもこの百卒長の様に十字架の前に立つ者とさせていただこうではありませんか。
