説教題「神の右の座につくお方」
聖書 ルカの福音書22章55~71節
- ペテロのつまづき
イエス様が捕縛されて大祭司の邸に連行された時、ペテロはイエス様の後を追い、中庭に身を置いていましたが、はからずもそこでイエス様の予言が成就することになりました。ペテロは三度イエス様を否んだのでした。
このことはペテロ本人がエピソードとして後に教会で語ったことでしょうが、ペテロはどれほどの思いでそのことを語ったことでしょうか。ペテロの内には、三度も否んでも自分を見捨てず用いてくださった主の愛の深さへの感謝の思いがあふれていたでしょう。ルカの福音書は中庭でイエス様がペテロを見守られた記事がありますが、そのイエス様の目は慈愛に満ちたものであったでしょう。
- 最高法院での裁き
イエス様は最高法院の議員の前に立たされ詰問を受けます。この時の焦点はイエス様がメシア(キリスト、神の子)であるか否かでした。
70節の「あなたがの言うとおり、わたしはそれです」のイエス様のお返事は、一つの議論となりました。その言葉だけ取れば「それはあなたが言っている」というような意味で答えが曖昧にも思えます。
しかしポイントはそこではありません。大事なのはその前の「今から後、人の子は力ある神の右の座に着きます」でした。このみ言葉がダニエル書のメシア預言を背景にしていることは明らかです。ダニエル書では、終末に神が異教の強国を滅ぼして神の主権を確立することが述べられています。その際に人の子が天から雲に乗って神のもとに来るのです。イエス様はダニエル書の言葉を用いて、ご自身がこそがまさに(十字架をもって)神の主権をもたらす人の子(メシア)であることを表明されたのです。
結果として最高法院はイエス様を有罪とし、ローマの権力を代理者たるポンテオ・ピラトに引き渡しました。
イエス様は、裁きの座で、少しもひるむことなくご自身を 証し、十字架の道を進まれたのです。
