説教題「イエス様の判断基準」
聖書 ルカの福音書18章9~14節
イエス様のご活動やお話は神の国の宣教を抜きにして語ることはできません。イエス様は公生涯の初めに「神の国は近づいた。悔い改めよ」とおっしゃいました。そして神の国の実現のためにエルサレムに向かおうと決心されていました。
そういう中で今日の18章は神の国はどのような人が入ることができるのかということについての教えでした。
- 不正な裁判官の話
イエス様は、不正な裁判官にさばきを懇願するやもめのたとえ話をなさいました。その意図するところは単に諦めずに神に求めなさいと言うだけのことではありません。このやもめの様に、イスラエルの人々も神の国の到来を信仰をもって求めなければならないということです。神の国は求める者の切迫感を必要とするのです。
- パリサイ人と取税人の話
次にイエス様は自分が正しい者であることを神に感謝して祈るパリサイ人と罪を悲しんで祈る取税人の話をなさいます。この時、神の前に義とされたのはパリサイ人ではなく取税人でした。パリサイ人は神の国を待ち望んでいましたが、彼らはそのために律法を守ることに努めました。しかし神の国は心から主の前にへりくだる者であったのです。イエス様は、神の国に入る者が主の前に謙遜であることを求められました。
- 幼子の出来事
ある人々が幼子をイエス様のところに連れてきました。イエス様は幼子を呼び寄せ、「神の国はこのような者たちのものなのです」「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません」と言われました。その言わんとすることは、神の国は幼子のように素直に受け入れなければならないということです。
イエス様は神の国に入ることについての判断基準を示されました。それは人の考えるところとは異なる、神の愛と知恵に満ちた基準なのです。
