説教題「上にあるものを求めて」
聖書 コロサイ人への手紙2章16節~3章4節
コロサイ人への手紙が書かれた当時、教会が直面する問題として、その時代の世界が多くの宗教や哲学のるつぼであったということがあります。またそのような中でユダヤ教も各地でコミュニティを形成しておりその一群に加わっていました。
コロサイ書を見ますとユダヤ教コミュニティの教会に対する批判の形跡が見いだされます。彼らは教会に古い律法の価値観を負わせようとしました。
- 本体はキリスト
しかしパウロは、ユダヤの今日の規範といったものは本体を移す陰であると言いました。その本体とはキリストに他なりません。パウロは人が認知し求めるべきお方は十字架に死んでよみがえられたキリストであることを示したのです。
- キリストを頭として結びつく
パウロはみ使いを礼拝の対象にしているような人々を厳しく戒めます。彼らがかしらとして結びつくべきお方はキリストただお一人です。
キリストと共に結びつくということは別の観点から言うとキリストともに死に、新しく生まれるということです。
そのような存在となれたのであるならば、この世の霊に引っ張られてにスライドバックしてはならないのです。
- 上にあるものを求めなさい
十字架に死んでよみがえられたキリストは全能の父なる神の座についておられます。わたしたちが求めるべきものは上にあるもの、即ち御座につかれた王なるキリスト様です。キリストにあってよみがえりの命を持つわたしたちは、再臨の時にキリストと共に栄光のうちに現れることが約束されているのです。そうであるならば、よみがえりの希望をもって主に従いゆく者とさせていただこうではありませんか。
