| 説教題「限りなく豊かな恵みのゆえに」 聖書 エペソ人への手紙2章1~11節 イザヤ書41章10節 |
(序)召天された方々は、「神様の恵によって救われ、その生涯を走り抜かれた」と言うことができます。
一、神の限りなく豊かな恵み
旧約聖書に「恵み」に関する語が146回、新約聖書に155回あります。エペソ人への手紙にも11回あります。1章7節には「神の豊かな恵み」とあります。インウードという先生は、「聖書に四つの大きな文字がある。すなわち、『恵み』と『血』と『あがない』と『ゆるし』の四つである。エペソ1章7節には、この四つともでている」と言われます。贖いの源泉は、「神の恵み」です。「神の恵み」とは、「神様の愛のゆえに、与えられるはずのない者に与えられる神様の好意」です。
二、キリストと共に生かされる恵み
エペソ人への手紙2章1~10節は、「引き上げる救いだ」と言われます。1~3節は、救われる前の私たちの有様です。すなわち、背きと罪の中に死んでいた者であり、この世の流れに流され、自分の欲のままに生きていた者でした。その結果、神のみ怒りを受けるべき者でした。
しかし、神様の大きな愛のゆえに、キリストと共に生かして頂いたのです。1章7節には、「このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています」とあり、1章20節には、「キリストを死者の中からよみがえらせ、天上でご自分の右の座に着かせて」とあります。ここに、十字架と復活が示されています。十字架と復活によって、私たちは、罪赦され、死と滅びから救われ、生かされ、天のところにまで引き上げられたのです。
三、ただ信仰によって
2章8節に「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです」とあります。すなわち、救いは、私たちの良い行いによるものではなく、恵みにより、信仰によるのです。神様の恵みのゆえに、信仰をもって、ただ受け取ることによるのです。ですから8節に「それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です」とあります。神様は、信仰をもって受け取ることを喜んでくださるのです。
最後に、イザヤ書41章10節をご覧ください。「わたしの義の右の手で、あなたを守る。」の以前の訳では、「わが勝利の右の手をもって、あなたを支える」とありました。「義」とか「勝利」と訳された言葉は、「救い」とか「恵み」という意味も持っている言葉です。
(結論)この朝、この信仰に生き、この恵みに生かされましょう。
