説教題「イエス様のたとえ話」
聖書 ルカの福音書8章1~21節
イエス様の時代のイスラエルには多様な立場のグループがあったということが言えます。ローマの支配下のもとで国を治めていたエルサレムの祭司、貴族、サドカイ派といった面々、異国の支配から解放され神の国を希求し、律法の言い伝えを普及させ、メシアを待ち望んでいたパリサイ派、剣でイスラエルの復興を目指した熱心党、神殿祭司を批判して荒野に居住したエッセネ派、そして支配層の重税に苦しみつつメシアの到来に望みを持った一般のユダヤ人といった具合でした。
そのような複雑な状況の中で、イエス様が福音を説く際に用いられたのはたとえ話でした。それは神の国について聞く者を悟らせ、応答の是非を問うものでした。
- 種蒔きのたとえ
イエス様は種まきのたとえを語ります。四つの状態の違う地に蒔かれた種は異なった結果を生みます。イエス様はそのたとえ話の説明をなさいます。ここでの種とはみことばであり、地とはみことばを聞く人の心の姿勢であることが分かります。その心の姿勢如何で、実を結ばないこともあれば、豊かに実を結ぶこともあることが示されます。
このことは当時のイエス様を取り巻く状況に合致していたとも言えるでしょう。イエス様のことばを喜んで受け入れる者もいれば、パリサイ人、律法学者のように疑念を持つ者もいました。神の国の民としてふさわしくあるか否かはイエス様のことばへの姿勢のありかたによるのです。このことはわたしたちにも言えるでしょう。
ですから「聞き方に注意しなさい」とイエス様は言われます。それによって持っている人はさらに与えられ、持っていない人は持っていると思っているものまで取り上げられるのです。
- みことばを聞いて行う者
最後にイエス様のところにマリアをはじめとした家族が来ますが、イエス様は「わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて行う人たちのことです」とおっしゃいます。イエス様の言わんとすることは、神の国に属する神の家族たる人はみことばを聞いて行う者たちであるということだったでしょう。
