説教題「神殿の少年~父の家」
聖書 ルカの福音書2章39~52節
- 神殿のイエス様
イエス様の両親、ヨセフとマリアは敬虔なユダヤ人であったようで毎年過越しの祭りに行っていました。
過ぎ越しの祭りは出エジプトに由来する祭りです。エジプトの苦役のもとにあったイスラエルが救い出されたことを祝いますが、それはイスラエルにとって自由と解放の日、そして救いの待望の日でした。
その過越しの祭りを過ごしてナザレに帰郷しようとしたときに事件は起こりました。一行に交じって一緒に帰っているはずの少年イエスの姿が見つかりません。イエス様の身を案じてエルサレムに戻ったマリヤとヨセフが見たのは神殿で教師を囲んで討論をするイエス様の姿でした。
- 自分の父の家
安堵しつつも「どうしてこんなことをするのですか」と問いただすマリアに対して、イエス様は逆に「わたしが自分の父の家にいるのは当然であることを、ご存じなかったのですか」と返します。驚くべき返事ですが、ここにイエス様というお方の本質が現わされています。
一つに、父の家とはほかならぬイスラエルを選ばれ、エルサレムに神殿を造って住まわれていた神の家を表します。するとイエス様は神の子ということになります。
もう一つのことは、父の家とは神が永遠に建てると約束されたダビデ王国を表わします。であればイエス様はダビデの子、メシア(キリスト、救い主)ということになるでしょう。
すなわち自分こそが、イスラエルが待ち望んでいた神の子でありメシア、すなわち神殿の主(あるじ)であることを少年イエスは自覚していたのでした。
ルカの福音書は、この神殿の主がエルサレムに帰ることをもって展開します。自分の家たる神殿に帰られたイエス・キリストが十字架に死によみがえることが福音書の中心メッセージなのです。
