説教題「神殿での幼子」
聖書 ルカの福音書2章21~38節
ヨセフとマリアがイエス様を連れてエルサレムに上った時のことでした。
- シメオンとの出会い
イエス様たちが出会ったシメオンは正しい、敬虔な人物でした。そしてイスラエルが慰められるのを待ち望んでいました。「また主のキリストを見るまでは決して死を見ることはない」という聖霊のみ告げを受けていました。イスラエルはイザヤ書40章にあるように「主の慰め」、すなわち罪のゆるしを必要としていたのです。そのために救い主を待望していたシメオンはついにその願いがかないました。
シメオンは賛美します。そこには待ち望んだ主の救いを今、幼子によって見ることの出来た深い満足が現わされています。
- マリアへの言葉
しかしここでシメオンはマリアに気になることをつげます。幼子は、イスラエルの多くの人たちが立ったり、倒れたり、反対にあうしるしとして定められ、マリアの心は剣で刺し貫かれるというのです。このことは実際に福音書で見ることですが、特に十字架のご受難こそがその最たる出来事と言うことができるでしょう。マリアはイエス様のために心痛めるという重荷を負わなければなりませんでした。
- 女預言者アンナ
宮にはもう一人、女預言者アンナがいました。彼女は高齢でしたが、宮を離れず断食と祈りをもって夜も昼も神に仕える者でした。
そのアンナもイエス様と出会うことになりました。アンナは幼子を見て、神に感謝をささげエルサレムの贖いを待ち望んでいたすべての人にこのことを語りました。
このようにイエス様と出会うことによってアンナは変わりました。宮での祈りの生活から、その宮の主が来られたことを人々に伝える生活へと変わったのです。キリストの到来によって新しい時、宣教の時が来たのです。
